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日本へ一時帰国するときの楽しみの一つが、飛行機内で見る日本の映画です。日本のテレビはドイツでも見られるようにしているのですが最新の映画は見られないので嬉しい。
今回はフランクフルトからルフトハンザ航空を使って日本に帰りました。そして機内で見た「団地」という映画が、平凡なタイトルにそぐわずいろいろぶっ飛んでて面白かったので感想です。機内モニタのあっさりとした説明だけだと見る気にならないと思うけど、いやいや、ホントすごい!
脚本も務めた阪本順治監督は「筒井康隆や星新一の小説のように日常がひっくり返るような世界観を提示したいと思った」とコメントされているそうです。ああ!まさにそんな感じ!

ルフトハンザの説明が地味すぎてスルー

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飛行機に乗るとまず座席の前にある個人モニタで映画のラインナップを確認します。ヨーロッパだと日本映画はなかなか見られないので、なにはともあれ日本映画中心。「海よりもまだ深く」(阿部寛と樹木希林が親子役を演じる)や「殿、利息でござる!」(フィギュアスケートの羽生選手がお殿様役で出演)などの話題作とともに「団地」も並んでいました。
ルフトハンザの説明によると出演は藤山直美と岸部一徳(以下敬称略)、あらすじは「息子を突然亡くし、団地の一室に引っ越したヒナ子夫婦。2人の行動が隣人たちの疑惑の種となっていく」と書いてあります。監督は阪本順治。
俳優さんも監督さんもいい。しかしタイトルは地味に「団地」。あらすじもいまいちパッとしない。予想するに「いろいろ問題はあったけれど、なんだかんだで最後はほっこり大団円」というハートウォーミング系か、「平凡に見えた団地という舞台が、異分子によって惨劇の地に変わる……!」という予想外にバッドエンド系か。うーん、たぶん前者だろうなぁ。
できれば一本目なので、もっと楽しいスカッとする映画が見たいと結局アメコミ原作の「スーサイド・スクワッド」を見ていました。日本映画ですらない。(ちなみに「スーサイド・スクワッド」はスーパーマンやバットマンなどのヒーローと戦う悪役がチームを組んで地球を救うという意外な展開。ハーレイ・クインが悪い娘なんだけど、陽気でけなげで一途でとてもかわいい)
一方、藤山直美なら無条件で見るという夫は「団地」を見ていました。渋好み。
そして日ごろはあまり感想を言わないのに、映画の途中で「これすごいから、あなたもぜひ見なさい」とやたら強く勧めてきます。思わせぶりな言い方に焦れて、結論を教えてくれと頼んだのですが、「結論を言ったら簡単だけど、そういうことじゃない」となぜか力説。
面倒だなぁと思いましたが見てみることにしました。いまは夫の言い分に納得です。たしかにこれは先入観なしに実際見た方が面白い。
しかしそれではなんのこっちゃ分からないと思うので、少しだけネタバレしつつ感想を書いていきたいと思います。ネタバレがイヤな人は読まずに騙されたと思って映画を見てみてください。驚くこと請け合いです!
ぶっ飛んでるところは出てこない公式予告編(ロングバージョン)
「五分刈りです(ごぶさたです)」とキャスト欄に名前がない斎藤工が登場。実は……

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映画は藤山直美扮するヒナ子が家事をしているシーンからスタートします。浜村淳の朝のラジオ、隣家の朝食の音、ヒナ子の掃除機の音や洗濯物を干す音。大阪の古き良き昭和の団地そのものの風景です。良くも悪くも平凡でのどか。時代に取り残されたようになにも変わりません。
その平凡な朝の風景を、ぽかりという乾いた破裂音が打ち破ります。3階に住むヒナ子が下に目を向けると、老女が手押し車から植木鉢を落としてしまった様子が見えました。腰の曲がった老女は手押し車を使って体を支えている状態なので、体を屈めてこぼれてしまった花と土を拾い集めるのは難しそうです。
そこへ「大丈夫ですよ」と声をかけ、男性が現れました。斎藤工扮する真城(しんじょう)です。声音はにこやかで親切そうですが、どことなく合成音にも似た不自然さを感じます。青天なのに雨傘をさし、お葬式に参列するような黒ネクタイに黒スーツ。ものすごい違和感です。
でもすごく親切。自分のハンカチを地面に広げると、老女が落としてしまった植木鉢の土をかき集めて、その上にそっと花をのせます。器用にハンカチを結ぶと、持ち運びできる簡易植木鉢の完成です。
上からその様子を見ていたヒナ子は岸部一徳扮する夫・清治の元へ歩み寄り、「真城さん来はったで」と彼の来訪を知らせます。
真城は、ヒナ子夫婦が団地に移り住む前に開業していた漢方薬局の常連で、彼が常用していた漢方薬をぜひ今後も調合してほしいと頼みに来たのでした。
しかし老女に見せた親切さとは裏腹に、頼み方はかなり強引です。口元には笑みを浮かべるのに、大きく見開いた目は一点を凝視して無表情。丁寧な口調かと思うと、「ごぶさたです」が言えず「五分刈りです」、「効果テキメン」が「効果きしめん」、あげく「日本語は難しい」という一言。
怪しい。違和感ありすぎる。むしろ違和感しかない。
ヒナ子夫婦は真城の奇異な行動に首をかしげながらも深くツッコむことはなく、彼の頼みを聞いて漢方薬を調合し、毎月宅配便を使って届けることにしました。ホンマにええの!?あの違和感、ほっといてええの!?
もちろん、違和感ありありの真城はこの映画のキーパーソン。結末にも重大な影響を及ぼします。
「日本語は難しい」というセリフから彼が日本で育った人ではないということが分かります。口元の笑みと無表情な目から、作り笑顔の下になにか思惑を隠しているようにも見えました。なんだか犯罪の匂いがしなくもない。真城の正体は物語の後半で明らかになるのですが、実は彼は……ッ、宇宙人なのです。えええええッ!!!
おいおい、ぶっ飛びすぎやろ!宇宙人て!
いかにもフツーの団地に、宇宙人をぶっこむ阪本監督すげぇ。ぶっ飛びすぎてて、もう惚れ惚れする!
シリアスな社会問題をB級テイストでソフトにカバー

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ゾンビとエイリアンが大好きなわたしはこれまで様々なB級映画を見てきましたが、これはまさにいいB級!
「混ぜるな、危険」を守るのが普通の映画で、あえてそれを混ぜちゃうのがB級映画。「カウボーイ&エイリアン」(ダニエル・クレイグ主演というA級俳優なのにどうにもB級な映画)とか、「ニンジャ VS ゾンビ」(続編は「ニンジャ VS ヴァンパイア」)とか。ダメな予感しかしないわけです。ディーン・フジオカ主演の「NINJA THE MONSTER」もなかなかアレな感じでした(ANAで見た)。
「団地」はさらに上。「混ざるの!? それ!?」です。いやいや、さすがに混ざらないでしょう、それ!?っていう二つ、連綿と続く典型的日常の「団地」とトンデモ非日常代表格の「宇宙人」を混ぜるとは。
が、意外にもこれがいい具合に混ざってるんです。
ヒナ子の立ち位置が「日常」からいっさいブレないのがすごく効いています。奇異な行動が目立つ真城にも最初は首をかしげるだけでツッコミもしません。ある意味、度胸が据わってる。
時代や環境の変化に順応しない、確固とした日常性は時に愚鈍にも映るようで、パート先では年若い上司に叱責されることもあります。中年のおばちゃんが若者に怒られている姿はちょっと胸が痛い。
けれど彼女はそれほど気にする様子もなく、愚直に日々を重ねていきます。真城の求めに応じて5000人分の漢方丸薬を作るシーンは、何十年も積み重ねてきた彼女の日常の強固さが伝わってきて圧巻。
しかしそんな彼女をも揺るがす事件が一人息子の死でした。息子の死の秘密も物語が進むにつれて明らかになるのですが、彼の死を、まるで娯楽のように消費する人々の噂話はいたって日常のことなのに、非日常的な宇宙人との遭遇よりも耐え難い苦痛だったのかもしれません。
その他、集合住宅地の高齢化、児童虐待、異分子排斥などなど、一つ一つは重くシリアスなテーマにも意外な答えが用意されています。宇宙人というB級テイストでソフトにカバーされているので気づきにくいのですが、楽しく見終わった後にふと考えさせられる、そんな映画です。
海外に住む日本人には、こういう日常を生きる強さが必要なのかもしれないなぁと思いました。
補足:海外からテレビ・映画を見る方法
ちなみに、海外から映画を見るならば「VPN+動画配信サイト」という手法が一般的です。ただわたしはあまりVPNが好きではないので使っていません。いろいろあるけど、長くなるのでこれはまた今度。
テレビはSlingboxという機械を実家に置いてもらって見ています。こちらもまた記事にまとめてみますね。